篠田福美(四万十市) 099

楝咲く頃と尋ねし四万十川の岸辺の木むらまさに咲きをり
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  楝咲く頃と尋ねし四万十川の

   岸辺の木むらまさに咲きをり
 
  (四万十川全国短歌大会応募作)


◆せんだん

 「せんだん(栴檀)」は標準和名です。「おうち」は土佐の方言では なくて古語。昔、和歌などに使われていた表現(雅語)です。「おうち」は「楝」、「樗」と表記。

 かって、この木は四万十川中流域の窪川町(現四万十町)からずっと西土佐村(現四万十市)の江川崎まで四万十川沿いの街道に植えられていました。何のために植えられたのかは、旅人の休憩用(緑陰)のためとか、里程標代わりとか、諸説があります。

 その昔、四万十川沿いのせんだん並木を往来した旅人は、[せんだん物語・3]で山脇哲臣氏が語っているとおり、「せんだん」の花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのか・・・、川面にこぼれた花粒はどこまで流れてゆくのか・・・、と思いながら、歩き続けたのでしょうか。

 「せんだん」は、春に紫色の花が咲くのですが、とても良い匂いがします。だから和歌にも詠われたものと思います。

 今は、切られて少なくなりましたが、学校の校庭には、せんだんの大木がよくありました。(参照:小谷貞広の「ふるさと・小学校のせんだん」)

【写真】四万十川のせんだん並木(撮影・溝渕幸三氏)

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[せんだん物語・3]


  もしも吾五月の風となるならば

    せんだんの花こぼしつつ吹く


■せんだん並木

 センダンの果てることもない並木を、どこまでも歩き続けてゆくときは、わが身の周囲は目くるめく紫の花のさく裂ばかり。

 足はいつしか宙を踏んで、花の階段を上ってゆくとき、そんな花のさく裂の中で、人の現身(うつしみ)と、その想いは、花のさく裂とともに空中に散華し、やがて消え果ててしまうものだろうか。

 それにしても、センダンの花の下を吹き抜ける風は、どこから吹いてきて、いずこまでゆくのだろう。

 川面にこぼれた花粒は、どこまで流れてゆくのだろう。

 花の色の紫に染められた人の想いの果ては、どうなるのであろう。

               (山脇哲臣:「花想」より)


◆小谷貞広の「ふるさと・小学校のせんだん」
(せんだん物語・1、せんだん物語・2)
http://odani100s.exblog.jp/d2005-12-15

◆せんだんの短歌

 日盛りを戻りて汗を拭ふ時風にのりくる栴檀の香が

               (徳弘久・高知市)

 徳弘久氏の【四万十川百人一首】
http://waka100s.exblog.jp/d2007-03-23

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